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7/4の朝日新聞(夕刊)『語る人』で、 月心寺住職の村瀬明道尼さんの記事を読みました。 5/18こちらのブログで、 棚橋俊夫さんのことを書かせていただいたのですが、 棚橋俊夫さんが、料理を志すきっかけになった方が、 この月心寺の村瀬明道尼さんでした。 私は、村瀬明道尼さんのお名前を見ながら、 どこのどういう方か、わかっていませんでした。 村瀬明道尼さんは、テレビなどで何回も取り上げられており、 私もそのテレビを拝見し、 こういう方がおられるのだな、と思っていたのに、 そのとき、調べることを怠って、 今回、この方だったのか!とわかった次第でした。 村瀬明道尼さんは、1924年愛知県のお米屋さんの 9人きょうだいの5番目としてお生まれになり、 尾張地方に伝わる 「一子出家すれば九族天に生ず」 (一人がお坊さんになれば、親族が極楽に生まれ変わる) という考え方から、 9歳で京都の尼寺・高源時の弟子となったそうです。 京都府八幡市の水月寺副住職などを経て、 大津市の月心寺の住職になられたそうです。 その間の1963年、村瀬明道尼さん39歳、 月心寺の小町百歳堂(こまちももとせどう)の落慶目前の7月、 (落慶 らっけい=新築、修理の完成を祝うこと) 「お寺の食事は、野菜ばかりでかなわん」という 大工さんたちに、お魚でも食べてもらおうと、買出しに出て、 国道1号を暴走していたダンプカーに、跳ね飛ばされ、 かろうじて一命をとりとめたものの、 9ヶ月ほど入院し、少しでも動くと激痛が走り、 息をすることしかできない状態になったそうです。 その後、右手、右足が、不自由になり、 左手で、箸を持ち、筆を持てるようになったけれど、 包丁で野菜の皮をむいたり、細かく刻んだりできなくなってしまったそうです。 しかし、ごま豆腐のごまは、左手にすりこぎを持って、すっているそうです。 この<ごま豆腐>は、月心寺の精進料理の中でも、 評判だそうです。 村瀬明道尼さんは、 朝の勤行の代わりに、 ごまを約1時間かけて、すっているそうです。 なぜ、勤行の代わりに、 精魂込めて料理をする方を選ぶのかという問いに、 江戸時代の臨済宗の白隠禅師が説かれた、 「衆生本来仏なり」という 生きとし生けるものみなが、<み仏>という考えをあげられ、 村瀬明道尼さんにとって、 月心寺を訪ねる「生きたみ仏」であるお客さんに 心を込めて料理を作ることが修行です、 と語られました。 また、大根やにんじんも、おいしく食べていただくことで、 成仏するのではないでしょうか とのことでした。 そして、おいしい料理を作るコツは何ですか?という問いに、 「旬のものを安く手に入れ、美しく刻み、 手早く調理して、心を込めて盛り付ける。 何より重要なのは、 <君がため>です。 大切な、大切な人に食べていただくという気持ちで作る。 そこに込めた愛情が一つでも欠けたら、 ゼロになってしまう」 と答えられていました。 そんな、月心寺の精進料理について、 『吉兆』創業者の湯木貞一さんは、 「天下一」と高く評価されたそうです。 村瀬明道尼さんの人柄については、 随筆家の白洲正子さんが、 「一休和尚を女にしたような尼さん」と評されたそうです。 それは、村瀬明道尼さんが、 お酒を飲むし、たばこも吸うし、 好きな食べ物は、ステーキやとんかつ、 こってりしたラーメンだそうで、 33歳にして初めて、 25歳年上の男性に恋をするという 尼僧にあるまじき心を抱いたということからだったのでしょうか。 九死に一生を得て、来年の今日、 自分がこの世にいるかなんて誰もわからない と思ったことから、 自分を欺かず、 いまを精いっぱい生きなければならないように思われた こともあるのかもしれません。 事故の経験は、<食>の考え方にもつながっているようで、 月心寺の箸袋には、『食事訓』が書かれてあり、 「食べ物が自分のところに来るまでにかかわった人々の苦労を思う。 自分たちの徳行が少ないのに、 この食べ物をいただくことを過分に思い感謝する。 暴飲暴食を慎む。 食事は、五体を養う良薬として、 くいのない人生を送るためにいただく」 ということが説かれているそうです。 また、食事が平穏にいただけることは、 平和な暮らしの証しで、 親が死んだり、地震や火事に遭ったり、 心配事があったりすれば、 ご飯がのどを通らなくなる。 日に3度もいただけることを感謝して暮らしたいものですね と締めくくられていました。 村瀬明道尼さんは、 事故に遭って、入院しているとき、お医者さんが 「仏様があんたを生かしておきたくなかったら、 すぐに死んでるはずや。 生きているということは、あんたが必要だからや」 と、声をかけてくれたことを覚えておられるそうです。 村瀬明道尼さんは、きっと、 <食>を通して、<人生>を説くために、 おいでなのでしょうね。 本当に、食事を平穏にいただけることは、ありがたいことです。 そして、その食事によって、生かされていることを 忘れてはならないのだと思いました。 |
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